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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)51号 判決

東京都世田谷区世田谷二丁目六番五号

原告

尾沢千勢子

右同所

原告

尾沢彰宣

右同所

原告

尾沢方宣

右同所

原告

尾沢光宣

右同所

原告

尾沢璋美

右同所

原告

尾沢由子

右同所

原告

尾沢史裕

神奈川県鎌倉市腰越一丁目一〇番三六号

原告

熊谷彰矩

右原告ら訴訟代理人弁護士

林徹

東京都世田谷区若林四丁目二二番一四号

被告

世田谷税務署長

古賀忠雄

右指定代理人

森脇勝

日浦人司

日隈永展

太田正孝

高林進

山口憲弥

山田康王

中川精二

右当事者間の相続税課税処分取消請求事件について、次のとおり判決する。

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立て

(原告ら)

「被告が原告らに対し昭和四三年一月一七日付をもつてした相続税の更正および過少申告加算税賦課処分を取り消す。)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

(被告)

主文同旨の判決を求める。

第二原告らの請求原因

一  原告らは、昭和四一年一月二日死亡した訴外尾沢章の相続人であるが、同年六月二八日被告に対し別表申告欄記載のとおりその相続税の申告をしたところ、被告は、昭和四三年一月一七日付をもつて同表更正等欄記載のとおり更正および過少申告加算税賦課処分した。

右処分に対し、原告らは、適法な異議手続を経て、昭和四三年七月五日東京国税局長に審査請求をしたが、同年一一月一五日付をもつて棄却された。

二  ところで、被告は、右処分において、被相続人章が訴外宗教法人豪徳寺所有の世田谷区世田谷二丁目八〇四番二の宅地四八四坪(区画整理前は世田谷七九四番ないし七九七番、七九九番および八〇〇番の各一部。以下本件土地という。)につき期間の定めのない賃借権を有していたと認定し、右賃借権を本件相続税の課税財産に含めている。

(一)  しかし、本件土地は章が単独で賃借したものではなく、昭和七年五月一五日同人と原告彰宣とが期間を同年四月五日から三年間と定めて共同で賃借したものである。すなわち、当時豪徳寺では、その所有地の賃貸につき賃借人一人あたり三〇〇坪以上は貸さないという内規があり、本件土地は右制限坪数を超えていたので、章とその長男である原告彰宣とが平等の持分割合により共同で賃借することとし、その使用収益および賃料の支払いも共同して行なつてきたものである。したがつて、章の相続財産に属するのは右賃借権の二分の一の準共有持分にすぎないから、本件処分において右賃借権の全部を相続財産としたのは誤りである。

(二)  また、右賃貸借契約の締結にあたつては、豪徳寺側において、当時施行中の明治六年七月一七日太政官布告第二四九号および明治九年二月二日教部省達第三号による監督官庁の許可および檀徒総代の同意を得ておらず、かつ、その後施行された宗教団体法一〇条、宗教法人令一一条による総代の同意および宗派主管者の承認をも得ていなかつた。それゆえ、右賃貸借は民法六〇二条二号のいわゆる短期賃貸借となり、契約で定めた三年の期間の経過後は五年ごとに更新が繰り返され、章の死亡した昭和四一年一月二日現在においては四年三か月の残存期間しかなかつた。そうすると、本件相続税における右賃借権の価額は、相続税法二三条の規定により、昭和四〇年四月当時(相続直前の更新時)の本件土地の更地価額に一〇〇分の五を乗じて算出した金額によるのが正当であるのに、被告は、右規定を適用せず、同法二二条により相続時の時価によつてその価額を算定したものであつて、本件処分はこの点においても違法である。

(三)  かりに本件賃借権の価額を時価によつて算定すべきであるとしても、被告の評価額は不当である。

三  以上の理由により本件処分は違法であるから、その取消しを求める。

第三被告の答弁および主張

一  請求原因一項の事実は認める。

二  同二項冒頭の事実は認める。

同項(一)のうち、豪徳寺が寺有地の賃貸につき原告ら主張のような内規を定めていたこと、原告彰宣が章の長男であることは認めるが、その余の事実および主張は争う。本件土地は昭和七年五月一五日章が単独で豪徳寺から賃借したものである。もつとも、契約書のうえでは、章と原告彰宣とが本件土地を半分ずつ賃借したかのような形式がとられているけれども、これは前記内規の建前から便宜上同原告の名義を用いただけのことであつて、同原告が実際の賃借人になつたわけではない。

同項(二)のうち、被告が本件賃借権を時価によつて評価したことは認めるが、その余の主張は争う。本件土地は豪徳寺の境内地ではなく、しかも、当事者間においては現在にいたるまでなんら紛議なく賃貸借関係が継続しているのであるから、かりに契約当時監督官庁の許可および檀徒総代の同意を得ていなかつたとしても、同寺が宗教法人法に基づく宗教法人となつた昭和二九年三月一日からもしくはその後最初になされた契約更新の時以後は、当事者の意図したところに従い期間の点も含めて完全に借地法の適用を受ける賃貸借となつたものと解すべきである。また、本件賃借権が相続当時原告ら主張の残存期間しかなかつたとしても、相続税法二三条は地上権および永小作権の評価に関する規定であるから、賃借権の価額の算定についてはその適用がない。短期賃貸借であつても、現に建物を所有しているものについては借地法上の更新請求権や建物買取請求権等が認められているのであり、残存期間が短期であるということはその賃借権の評価になんら影響を及ぼすものではない。

同項(三)の主張は争う。相続税法二二条によれば、賃借権の価額はその相続の時における時価によることとされているが、実際上の取扱いは、昭和三九年直資五六号国税庁長官通達に基づいて評価した価額によつており、この通達に基づく評価額は実際の売買価額を下廻つているのが通例である。本件における賃借権の評価も右の方法によつて行なつたものであり、不当な点はない。

第四証拠

(原告ら)

甲第一ないし第七号証、第八号証の一、二、第九ないし第一一号証を提出。証人山田収作、同田中浜吉の各証言および原告尾沢千勢子、同熊谷彰矩の各本人尋問の結果を援用。

乙第一、二号証の成立は不知、その余の乙号証の成立は認める。

(被告)

乙第一ないし第六号証、第七号証の一、二、第八号証を提出。証人田中浜吉、同加賀谷捷吉の各証言を援用。

甲第一、二号証、第四号証、第八号証の一、二の成立は認めるが、その余の甲号証の成立は不知。

理由

一  請求原因一項の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、本件土地の賃借権が章の相続財産であるかどうかについて検討する。

本件土地が豪徳寺の所有であつたことならびに同寺において寺有地を賃貸する場合には賃借人一人あたり三〇〇坪以内に限る旨の内規があつたことは、当事者間に争いがなく、右事実と成立に争いのない甲第一、二号証、乙第三ないし第五号証、証人田中浜吉の証言により成立を認める甲第五、六号証、乙第一、二号証、同証人の証言および原告尾沢千勢子本人尋問の結果を総合すれば、豪徳寺が寺有地の賃貸につき右のような内規を定めたのは賃借人の賃料不払いを防ぐためであり、本件土地は右制限面積を超過していたけれども、昭和七年四月ごろ豪徳寺に同土地の賃借を申し入れてきた章が医師であり賃料不払いのおそれがなかつたので、豪徳寺は章に対し右土地を期間を同年四月五日から三年と定めて賃貸したこと、しかし、その契約書の作成にあたつては、前記内規との関係から賃借人名義を章一人だけにするわけにいかなかつたので、便宜上右土地の半分を章名義で賃借し、他の半分の賃借人名義を同人の長男で当時一歳に満たなかつた原告彰宣の名義にして、あたかも二個の契約を締結したような形式をとることとなり、同年五月一五日付をもつて区画整理前右土地の一部であつた旧世田谷七九九番二四二坪を章が同じく旧八〇〇番二四二坪を同原告が賃借した旨の契約書(甲第一、二号証)を作成するとともに、これに応じて賃料領収証の相手方も右の名義としたこと、右賃貸借契約はその後引き続き更新されたが、その間章は本件土地に同人所有の自宅および病院等を建築し、原告ら家族とともにこれに居住し、賃料ももつぱら同人がこれを支払つていたことが認められる。前記甲第六号証、弁論の全趣旨により成立を認める同第九ないし第一一号証および原告本人尾沢千勢子、同熊谷彰矩の各本人尋問の結果中右認定にそわない部分は措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、原告彰宣が本件土地の賃借人でなく、章だけが実際の賃借人であつたことは明らかである。したがつて、被告が右賃借権全部を章の相続財産と認定したことは正当であつて、この点に関する原告らの主張は理由がない。

三  次に、右賃借権の評価について検討する。

(一)  原告らは、本件賃貸借が民法六〇二条の短期賃貸借にあたるとして、その賃借権の評価は相続税法二三条の定める方法によるべきであると主張する。

昭和七年当時施行中の明治六年七月一七日太政官布告第二四九号および明治九年二月二日教部省達第三号等は、寺有地の処分につき監督官庁の許可および檀徒総代の同意を得ることを要件としていたが、民法六〇二条所定の期間を超えない賃貸借を締結することは右にいう処分には含まれないから、右の許可および同意なくしてこれをなしうる反面、その賃借権の存続期間については借地法二条の規定は適用されないものと解される。そして、前記甲第六号証および証人田中浜吉の証言によると、本件においては右の許可および同意を得ていなかつたことが認められるので、存続期間を三年と定めた本件賃貸借は、借地法二条の規定にかかわらず、いわゆる短期賃貸借として更新されることになるわけである(なお、本件土地が豪徳寺の境外地であることは証人田中浜吉の証言から認められるところであり、昭和二六年四月三日から施行された宗教法人法のもとでは境外地の処分について前記許可等を要しないこととなつたけれども、当該寺院が同法の適用を受ける宗教法人となつたことあるいはその後に契約の更新が行なわれたことにより、当然に従来の短期賃貸借が長期賃貸借に転化するものではない。)。しかし、この賃貸権の価額の算定について原告らが適用を主張する相続税法二三条の規定は、その文言自体から明らかなとおり、地上権(ただし、借地法に規定する借地権に該当するものを除く。)および永小作権の評価方法を定めた規定であつて、賃借権の評価については、その存続期間の長短を問わず同条を適用する余地はない。

(二)  したがつて、本件賃借権の評価は、同法二二条の原則に従い、相続の時におけるその時価によるべきところ、民法六〇二条所定の期間を超えない賃貸借についても借地法上の更新請求権や建物買収請求権等が認められているほか、証人田中浜吉の証言と原告尾沢千勢子本人尋問の結果および本件口頭弁論の全趣旨によれば、本件賃貸借当事者間においては、章の死亡後も従来と同様引き続き長期にわたつて賃貸借関係を継続させる意思であり、現に原告らは長期賃貸借とまつたく異ならない態様で本件土地を使用収益していることが認められるので、これらの点から考えると、本件賃貸借の期間が短期であることはその賃貸権の経済的評価に特段の影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。そして、証人加賀谷捷吉の証言に徴すると、被告が本件賃借権の時価を算定するにあたつては、相続財産評価に関する通達に定める方法により、本件土地の更地価額を昭和四一年当時の路線価により坪あたり一〇五、〇〇〇円とし、これに借地権割合七〇パーセントを乗じ、その額から同土地の一部に章が建築していた貸店舗部分につき四〇パーセントの借家権割合相当分を控除して計算したことが認められ、この評価をもつて不当とすべき事情は見出しえない。それゆえ本件賃借権の評価を争う原告らの主張も失当である。

四  以上の理由により本件処分に原告ら主張の違法事由はない。よつて、本件請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 内藤正久 裁判官 佐藤繁)

別表

〈省略〉

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